月夜見 “なぜなぜ・なぁに?”
         〜大川の向こう より


お子様というものは個人差もありましょうが、
心身の成長に沿うものとして、
自分を取り巻く“世界”の広がりとともに、
好奇心というものもすくすくと芽生えて来るもので。

  あれなぁに? これってどうして? それってなぁぜ?

それは無邪気なお顔やお声で問われるあれこれ、
専門知識が要りそうな難しいことへは、
さあお母さんも知らないなぁで済ませても、
知ってる範囲のことならば、
無難な返答をして済む…はずが、
こちらには“そういうもの”な部分さえ、
敵には“何で? どうして?”だったりするので。
それでなくともお忙しいお母様なぞは、
ついつい“ああまたか”と うんざりしちゃうこともしばしば。
将来のことを思えば柔軟な思考を持っている方がいいに決まってる。
なので、子供の好奇心は延ばしてやりたいし、
こっちだって…余裕があるなら、
ドラマに出て来そうな理想のお母様よろしく、
そうだね、不思議だね、一緒に考えようか?なんて、
おっとり受け止めてもやれるんだけどもね…と、
そりゃあ歯痒く思っておいでだろうけれど。

  理想と現実の間に横たわる距離は、
  いつの世もなかなか埋まらぬものなので。

お母さんもたちね、ホントだったら雑学とか大好きだし、
ましてや、大好きな坊やや嬢ちゃんを相手に
“もうもう うるさいなぁ”なんて言いたくはないんだよと。
こんなところでフォローさせていただくしか、
応援のしようがなかったり…。




      ◇◇◇


そういう点では恵まれているといいますか。
里全体が、のんびり のほのほしているこちら様、
某市の外れ、川の中洲に鎮座まします小さな集落では、
在宅でのお仕事をこなす大人も結構おいでなものだから。
子供らの好奇心が若手の親らの手に余るレベルになったなら、
“○○のおじさんに訊いといで”という秘伝の宝刀が、
いまだに繰り出せたりもするそうで。

 「おっちゃん、おっちゃん、こんちはだぞっ!」

随分と年季の入ったアスファルトの道、
ぱたたと駆けて来た足音とほぼ同時、
そりゃあ幼いお声が元気よく張り上げられて。
それを耳にしてのこと、おやとお顔を上げた老爺が、

 「ルフィかい? こっちだ、庭のほうへお回りなさい。」

居間の縁側から、よく通るお声を掛けてくださる。
サザンカの生け垣の途中にしつらえられた枝折戸もなかなかに小粋で、
石の灯籠もあれば池もあるという、
手入れの行き届いたちょいと風雅な佇まいのお庭に面した縁側にて。
こまごまとしたお道具を片付けながら待っておれば、

 「こんにちはっ。」

大人であれば、踏みしだくのをためらわれるだろ、
この時期にもう青々としたのが刈り揃えられている芝草のお庭を。
それにさえ気づかぬまま、そりゃあ元気に突っ切って。
まとまりの悪い黒髪を撥ねさせながら、
真っ赤なジャンパー姿の小さな坊やが駆け入ってきた。
その後へと続いたもう一人は…さすがにも少しわきまえてもいるらしく。
普段着なのだろ、
こちらさんも薄手のジャンパーに着ならしたGパン姿でありながら、
まずはの目礼をご亭へと向け、
ぱーんと勢いよく開けられたまんまな枝折戸をきちんと閉じてから、
さくさくと芝生を突っ切っておいでで。
だって言うのに、

 「遅せぇぞ、ゾロっ。」

何を もたくさしてやがると言わんばかりな口調で、
お兄さんを窘めるところが…いっそ可笑しいのだろ。
待ち構えておいでだったこの家のご主人も、
気配で察したか、お茶とお菓子をと運んで来た世話役の女性も、
ついのこととて、楽しげな苦笑を頬に口許にとこぼしてしまったほど。
当然と言いましょうか、
まだまだそこまでは“出来た大人”ではないがゆえ、

 「何を偉そうに言ってるかな。」

おいこらと、
自分への無礼はともかく、
そちらの大おとなへの非礼はいかんだろと言いたいか、
微妙に眉根を寄せた小さいお兄さんからも窘めかけたのへ、

 「まあまあいいさ。ゾロも よぉ来たの。」

くつくつと微笑ったこちら様の御亭。
髪も、顎にたくわえておいでのお髭も、
すっかりと白くなっており。
お顔や手などにも、
味のある表情になおの深みを与えるしわが、
大きに見られはするものの。
若いころには何かしら結構な練達だったか、
浅い灰色の作務衣をまとっておいでの、
その体躯はがっしりと骨太なまま。
声もなめらかなら、滑舌もはっきりしており、
子供らの掛け合いへ絶妙に応じておいでの反射といい、
老爺とはいえなかなか矍鑠とした御仁なようであり。

 「して。今度は一体、何を訊きに来たのかの?」

ひょいと足掛けて上がるには微妙に高い縁側に、
えいやっと両手を掛け、体を持ち上げ、
一丁前にもお下がりじゃあない、
デニムのおズボンのお膝を乗っけて…と。
よいちょよいちょと頑張ってよじ登る、
ルフィ坊やの果敢さに免じて。
まだ靴
(くっく)を脱いでないという暴挙にも、
眸をつむって差し上げておれば、

 「おら。靴。」
 「ありゃ、すまん。」

文字通り“這い上がる”途中の、
四ツ這い状態の皇子の足元から、
当代ライダーがプリントされた運動靴を
手づから脱がせてやったお兄ちゃんだった辺りは、

 “おやおや♪”

ちょいと乱暴、
かかとのタグをぐいと引っ張ったやりようへの呼吸合わせといい、
相変わらずの名コンビだのと、
尚の苦笑を、いい具合の渋さをたくわえておいでの口許に滲ませた、
こちらの老主人。
たいそう腕のいい指し物師で、
その手から生み出した逸品の数々は、
やんごとないお家へも少なからず納めてらしたとかいう話。
といって、そっちの道を引退してから、
此処を晩年の住処とし移り住んでいる…というクチのお人じゃあない。
少なくとも、
ルフィの父上のシャンクス社長が、
こちらで回船業を始めるより前からおいでで、
お父上の保証人のようなお立場に立って下さったというから、
ルフィ坊やにしてみれば、祖父殿にも等しい間柄。
そんな間柄なのを、こちらの坊やとしては、

 『大威張りで甘えていーんだvv』

と解釈しているのもまた、らしいことではあるのだが。
その辺りの話をシャンクスへ持ってゆくと、
ネタによっては…あの豪気な父上が、
ごくんと息飲み真っ青になることがあるのが、ある意味、微妙だったりし。

  ……って、どんなネタのときなんでしょうかね?
(笑)

それはまま、ともかくとして。
そんなほどのお立場にある、言ってみりゃあ“お爺さま”だが、
父上を名前で呼んでいるよな、風変わりなご一家なせいだろか、
こちらの御仁もルフィ坊やにかかれば、名前呼びとなる親しいお人。

 「あんな、あんな、レイリーのおっちゃん。」

此処に来たらばいつも使うトナカイのイラストの入ったマグカップ。
飲みごろの温度にまで冷ましてもらった焙じ茶を、
小さな両手で抱え込んでのこくこくと飲みながら、
小さな皇子が口火を切って、

 「何で鬼は、豆なんかで追っ払われんだ?」
 「んん? …おおそうか、節分のお話か。」

あまりに突拍子もないお題の放りようへ、
目が点になるでもなくの、すぐさま合点がいく冴え渡りようなぞ、
もしかしたらば、
同じ世代のお子様をたんと預かるルフィの担任の先生よりも、
格段の上級者レベルで鋭いかも知れずであり。
久方ぶりにいい陽気が降りそそぐ、ほかほかと暖かい縁側にて向かい合い、
背中まで垂れるほど延ばした白髪の、
子供相手のときは笑みを欠かさぬ気さくなお爺さまへ、
わくわくとこちらさんも笑顔のまんまでお返事を待つルフィだったが。

 「ウチへ来るのは近場で訊いて回った後だろうが。ゾロにも聞いたのかな?」

ふふと笑ってそんな事をまずはと口にした老だったのへは、

 「………っ☆」

付き添いという名の傍観者を決め込んでいた、
坊主頭の小さいお兄さんを、思わぬ格好で直撃したようであり。
世話役のお姉さんから勧められた三笠を、
たったの1口目で危うく喉へと詰めるところ。
そして、どんどんどんと胸元たたいてる小さいお兄ちゃんがさておかれたのは、

 「ん〜っと、ゾロは知らねって一言での“いっとーりょーだん”だったぞ。」
 「ほほぉ、それは愛想がないことだったな。」

そんなやり取りが続いたからであり。
まったくだぜと、腕組みまでして うんうん頷くルフィ坊やなのへ、
老爺の方は“さようさ、さようさ”と、
至ってほのぼのした笑いように留めておいでだが、

 “此処にシャンクスちゃんでも居ようものなら、
  お腹抱えて転げてるわよねvv”

なぁ〜んて可愛いんだかと、
こちらは世話役の女性が 一応はお顔を外へと向けてながらも、
それはおおらかに くふくふと笑っておいでだったりし。
そこへと畳み掛けたのが、

 「あとシャンクスは、
  箸でつまもうとしても出来なくて、
  い〜〜〜〜ってなるから苦手なんじゃね?ってゆってた。」

 「ほほお、それはまた面白い御説だの。」

こちらもやはり おっとりと受け止めてくださった御老だったが、
そんな二人から微妙に離れたところでは、

 “〜〜〜。”
 “最高、可笑しすぎ。”

約2名ほど、
笑い死にそうな傍観者が出来あがったりしたりして。
(大笑)
こんな具合で、
本人には全く作為はないのだが、
何を語らせてもどこか可笑しい坊やなもんだから。
こちらのご隠居様もまた、
楽しくもにぎやか、天真爛漫なルフィ坊やのご訪問、
実は心待ちにしておいでなのであり。

 「ふむ、そうさな。」

何とも微笑ましいと目許を細めたそのまま、
自慢のあごひげ、骨の立った大きな手で、
わしわしと撫でておいでだった老爺はといや。

 「シャンクスの言いようが外れかどうかは断言出来ぬが、
  儂が昔に訊いた話では。」

特に何かしらの文献を引っ張り出してくるでなし。
丸いメガネの向こうにて、切れ長の目許を楽しそうに細めると、

 「その昔、京都に都があった頃。
  鞍馬のお山に出た鬼を、
  毘沙門天様のお告げに従い、
  豆をぶつけて追い払ったというものでの。」

 「び、びしゃもん?」

うむと大きく頷いた御老が続けたのが、

 「鬼という魔物を退散させるため、
  念を込めてのぶつけた豆は“魔滅
(まめ)”となり、
  魔物の目に当たって、それは効果を上げたとか。
  それ以来、節分の魔物には、
  豆をもって追い払うという風習が定着したとの話での。」

 「うわ、すげぇ〜っ。」

おっちゃんてば、ホントに何でも知ってるよな。
シャンクスやエースやゾロとは大違いだ、なんて。
悪ぁるかったなと、付き添いの坊やが目許をついつい眇めたようなお言いよう、
頓着なしに放った坊やへ、

 「そうか、感心したか。」

あっはっはっはと、こちら様もまた、
いいご機嫌になってしまわれたご隠居様だったりし。
そういや本日の今日こそは、その節分ではなかったか。
春もお隣りのいいお日和の中、
無邪気な笑顔と味わい深い大おとなの笑顔が向かい合い。
川の中洲は今日も安泰。
いい春が早くやって来るといいですねvvと、
サザンカの生け垣の根元、陽当たりのいい辺りに寝そべった、
貫禄のいい猫が大きなあくびを1つこぼした、
春の節季の昼下がりでございまし。





  〜Fine〜  11.02.03.


  *ふっふっふ、
   またぞろレイリーさんを引っ張り出させていただきましたよんvv
   筆者、やりたい放題の巻。どうかご容赦でございますvv

  *このお話にはもう1つ裏がありまして。
   本当は某王国の王子様のシリーズで書くつもりだったのですが、
   アラブの国々が いきなりきな臭くなっとりますので、
   そんな最中にここまで暢気なのもどうよと思ってしまいまして。
   いえあの、あの国ならば、
   しかも第二王子の周辺だけと限るなら、
   案外とこの程度の話題は繰り広げてんじゃなかろかと、
   思わないでもなかったんですが。
(苦笑)
   …で、日本が舞台のこっちで書き始めたら書き始めたで、
   今度は相撲界の例のアレですものね。
   神社仏閣での豆まき風景を、
   テレビ画面でやたら目にするのが微妙な感触だったりしつつ、
   何とか書かせていただきました、はい。

  *ちなみに、王子様シリーズのほうだったなら
   “ライスシャワー”を引き合いに出すつもりだった筆者でして。
   あちらも“米を投げる”という
   罰当たりなことをする習慣ですが。
(おいおい)
   米は1粒から百倍近い実を実らせることから、
   子だくさんとか繁栄を意味し、生命力があって厄払いには打ってつけ。
   カトリックの本山があるイタリアでは、米は主食にもなっており、
   日本と同様親しみ深いことから、
   そういう縁起へ引っ張り出されたらしいです。


  
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